入院している先輩のお見舞いに行った。
「もう若くないね」なんて仲間内で言ってはいても、それは
半分挨拶であって、まだ骨身に沁みているってわけではないのが私たちの年代。
でも、身近な人間の身に何かが起こると
「本当にもう若くはないんだね…」と思い知らされたりするもんだ。
明日は我が身かと不安な気持ちにもなったりもしてね。
そんな気持ちがあったからか、帰りに親友♀と寄った
居酒屋での会話はちょっと後ろ向きだった。
私たちの大学仲間にフリーのカメラマンになった女性がいるのだが
その子は大学の時からちょっと突飛な子だったので
卒業してすぐに普通の会社に就職したことの方が不思議で
「会社辞めてフリーになったんだ」ってさらっと当たり前のように語る彼女の方が
「らしいな」って感じだった。
ド「なんかさー、カメラマンになりたいからって、無謀にも
すぐ会社を辞めて、フリーになるってすごいよね。
願望はあっても、私たちには絶対に出来ないもんね…」
♀「無理無理。絶対に無理。私さ、母親にいつも
『あんたが何かに夢中になったのを見たことがない』 って言われるのよ」
ド「へー、でも、今だって色々と習い事してるし
好きな芝居を何度も観たりするじゃん」
♀「うん。でも、あんた位じゃ大したことはないって(苦笑)
24時間、それしか考えられないみたいなのがないって」
ド「あー、なるほど」
♀「別に一生懸命にならなくても、成績はそれなりだったし
夢を目指して、頑張るなんていうのも無かったからね」
ド「まぁ、私もないから今ここにいるんだろうけどね…
でも、まぁ、試験を受けてみたり、
ブログに夢中になったり 飲み屋に通いつめたりとかそういうのはあったなぁ(笑)」
♀「でしょ?私にはそれさえもなかったからさー」
私からすれば、彼女は表現が地味なだけで、
私よりよっぽど多趣味だし、お宅っぽい知識を持ってるし
情熱を秘めているんじゃないかって思うんだけど。
まぁ、どっちにせよ、私も彼女も夢を叶えるための
「夢中」が中途半端だったのだろう。
だけど、私の心の中には、人に
「無理無理、あなたに独立は」なんて言われると、ちょっとムッと来て
「そんなことないわよ!私だって、その気になれば!」なんて悔しくなるんだけど、一体
「その気」はいつやってくるんだ?って話だ。
何故、その気にならないかと言うと「失敗したくない」というプライドのせいだろう。
「失敗」より「我慢」を取る私たち。はぁ、溜息・・・
もう、そんなに若くはない。周りにも倒れた人がいる。
じゃあ、自分がもし倒れたら?
「元気な内に失敗してもやって置けばよかった」って思うんじゃないだろうか?なんて考える。
「後悔」より「失敗」だったって思うんじゃないかと…
40歳からすれば、30歳はまだ若い
きっと、
50歳からすれば、40歳はまだ若いはず。ならば、まだ、
「その気」になっても良いだろうか?間に合うだろうか?そんなことを思ってしんみりする女二人の
「錦糸町の夜」だった。(しぶっ!)
■錦糸町・ろばた焼 海賊■
フラリと入ったけれど30年の歴史&ホッピーあった!
「大きな串焼きがスゴイ!(写真撮り忘れたけど)で賞」
